“あおと”のプロフィールです。
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青砥功英(あおとこうえい)
社民党・東京都連合
杉並地域政策委員
1975年、埼玉県に生まれる。
幼い頃から野球一筋。
1991年、埼玉県立川越高校に入学し野球部に所属。卒業後は四畳半・風呂なし・トイレ共同の家を借り、『ブルーハーツ』を聞きながら代々木ゼミナールで浪人。
その頃から、高円寺・阿佐ヶ谷・西荻の劇場やライブハウス、古着屋などに出没し始める。 |
高校夏の大会県予選での入場行進
(埼玉県営大宮球場)
一番右の列・後ろから三番目が「あおと」
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浪人の後、慶応義塾大学経済学部に入学。体育会準硬式野球部でプレーし活躍するが、将来の“勝ち組”ばかりのキャンパスライフに疑問を感じて2年で退学。
以後、フリーター。 休日は、善福寺川沿いの成田西や大宮、さらには浜田山の三井グランドなどで草野球を楽しむ。 |
慶大準硬式野球部時代、東京六大学リーグでベストナインを獲得したときの写真
一番左が「あおと」 |
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2000年、昼間はフリーターを続けながら、夜間学部の早稲田大学第二文学部表現芸術系専修に入学し、哲学・思想・演劇などを学ぶ(そのまんま東・宮崎県知事と同級生で同じ専修・同じゼミにも所属)。卒業後は、IT系広告制作会社に就職し、現在はワーキングプア(※)。その傍らで、老人ホームでのボランティア活動や若者の働く環境を改善しようと設立されたNPO法人でも活動中。その他、自称・夜回り先生と称して、若者のお悩み電話・メール相談も行う。
(※)ワーキングプア:働く貧困層。
特に、いくら働いても報われない現代の若者労働者を象徴する言葉の一つ。
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好きな映画:『嫌われ松子の一生』 |
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好きな漫画:『男おいどん』(松本零士)
⇒(解説)Wikipedia |
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同志:ゴンタ(パグ犬、享年12歳) |
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好きなミュージシャン:『ザ・ブルーハーツ』
『リンダリンダ』の歌詞
♪ドブネズミみたいに美しくなりたい
♪写真には写らない美しさがあるから
こう歌ったザ・ブルーハーツのボーカリスト甲本ヒロト。「ドブネズミ」に「美しさ」を感じた甲本ヒロト。彼に感染したのが中学時代。
はたして《美しい国》と言っている今の総理大臣は、「ドブネズミ」に「美しさ」を感じるのだろうか。その《美しさ》に、「ドブネズミ」は含まれるのであろうか。写真には写らない「ドブネズミ」、「負け組」、《自立》を強いられ苦しんでいる「障がい者」・「高齢者」etc、そんな「他者」への感受性はあるのだろうか。 |

私は、まだ三十年そこそこしか生きていませんが、思えば小学生の頃から、友人を何人か亡くしています。自ら命を絶った者、白血病で命を失った者、ある日突然、バイトに向かう途中、原因不明で死んでいった者。。。
友人を亡くしたとき、いつも感じるのは、なぜ彼/女は死ななければならなかったのか、そして、彼/女が生きているとき、もっと何かしてあげることはできなかったのか、という「後悔」です。
「死者」となった者たちに、今となっては、何もしてあげることはできません。ただ、病気で亡くなった友人が、母に宛てた手紙を読ませてもらったことがあります。彼は母に、こう言っていました。
お母さんの心の中で、僕の魂は生き続けるよ…。
この病気で亡くなった友人の手紙を読んだとき、彼の魂はまだ「私」の中でも生き続けているのだ。そう感じることができました。そして、なんだかフッと安心した気持ちになり、とにかく今、そして今から、同じ「後悔」を繰り返さないためにも、何か人のために「自分」にできることからやっていこう、と決意するにいたりました。
「私」にできることから、とにかくやっていこう。それが、「私」の心の中にいる彼/女たちを生かし続け、これからも一緒に生きていくことにつながるのでは、と思ったからです。
彼/女の死を無駄にしないためにも。
今でも私のところには、夜中突然連絡が入ります。手首を切ってしまった。クスリを大量に飲んでしまった。仕事がキツクて、もう死んだほうがマシ。両親が毎日ケンカしている…。
彼/女たちの話をただただ聞くにつけ、
なんとかしたい、
という「想い」 に変わりはありません。
私は何度も人生「失敗」していますし、正直「負け組」だと思います。ただ、だからこそ、「失敗者」、「負け組」、苦しんでいる人、生きていくのが辛い人、そういった人たちの気持ちを“わかろうとする想像力”はあると思います。
そして、だからこそ、苦しんでいる人を何とかしたい、そのためになら行動できる、という自信があります。なぜなら、それが何よりも、「私」自身の幸せになると思うからです。
こんなことを言うと、偽善的にも感じ、なんだか恥ずかしい気持ちもしますが、ただただ、何とかもっと住みよい社会にしたい、と心の奥底から感じています。
最近、なんでもかんでも《自己責任》という風潮が蔓延していると思います。
《自己責任》、この言葉を強迫されているのは、何も若者だけではありません。「高齢」者や「障がい」者、そしてあらゆる世代が、とにかく《自立》・《自立》と強迫され、《自立》できずに「弱者」や「負け組」になるのは、すべて《自分》の《責任》だ!と言われかねない状況です。
また、 そうであるがゆえに、人々は《自分》のことで精一杯になり、本当は社会の問題であっても、それを口にすることすらできず、すべては《自分》の責任だと思い込み、毎日苦しい生活を強いられているのではないかと思います。
人々が《自己責任》という風潮により、様々な問題を共に協力し合って対処することができず、「支えあい」という価値観が失われているような気がしてなりません。
私が利用する杉並の東西を貫く中央線は、よく止まります。人身事故のニュースを聞くたびに、死のうとしている人がいるなら、本当になんとかしてあげたい、といつも思います。私は若いころから、杉並の文化が大好きで、この中央線に乗って、よく沿線の商店街に通っていました。
だからこそ、そんな大好きな杉並の街を、《自己責任》の風潮で覆いつくしたくない。そして、「他者」に対して寛容な杉並にしたい、という「想い」が「私」を駆り立てます。
なんとかしたい。
決して無理だと思わない。
なんとかできる。必ずやなんとかできる。
ジョン・レノンが歌ったように、夢想家だと言われるかもしれませんが、決して諦めたくない「想い」が、「私」を奮い立たせます。
「私」の「想い」を実現すべく、行動してまいりますので、
ご指導・ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

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