あおと功英です。
見事に完敗いたしました。
しかし、1729票もいただけたことは、
まさにこれまで支えていただいた
皆々様のおかげです。
心から感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
落選後のここ数日は、関係各所にお詫び行脚に伺っております。我が家のある西荻の街を歩いていても、いろんな方が声をかけてくれので、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私が選挙に出ることを知った地域の方からは、本当に多くのご要望を頂戴しました。地元の学校を守ってほしい。杉並の自然(三井の森や善福寺)を守ってほしい。今の福祉制度をなんとかしてほしい。区の民営化路線をなんとかしてほしい。セクシャルマイノリティを守ってほしい。そういった皆々様の声を区政に届けることができないかと思うと、無念でなりません。力不足により当選することができず、本当に申し訳ございませんでした。
ただ、私は落選いたしましたが、以下のお三方が区政を厳しくチェックしてくれると思いますので、以下のお三方に更なるご支援をいただきたく思います。
▼小野清人(社民党)
http://www.onoseijin.net/
▼奥山たえこ
http://www.jca.apc.org/~okuyama/
▼すぐろ奈緒
http://suguronao.seesaa.net/
ところで思えば、私の訴えていたことは、仮に私が当選していたとしても、これから社会がパッと明るくなる、何かが大きく変わるというものではなかったと思います。地元の学校を守る、自然を守る、セーフティネットを作る。それはむしろ、オリンピックをやりますよ~~という派手さよりも、学校を全面芝生化しますよ~~という派手さよりも、むしろ今あるものをこれ以上「壊さない」、「守る」、ないしは「戻す」ということかもしれません。言い換えればそれは、《改革》・《成長》よりも、「持続可能」な社会にしていくことを訴えたつもりです。
「光の当たらないところ」に光をあてる政治。それはたしかにマスコミのネタにもなりません。社会的な「弱者」を救うこと。しかし救ったところで、《正常》な人の、《フツー》の人の、生活が目に見えてよくなるということはないかもしれません。むしろ悪化するかもしれません。
しかし、だからと言って、「弱者」を、「負け組」を、そのまま放置しておいてよいのか。すべては《自己責任》と言ってしまってよいのか。
少なくとも今の政治の流れは、《自己責任》路線=《格差・不平等》容認路線です。そんなワケで選挙期間中は、パラパラと以下の本を読んでおりました(本なんか読んでいるから落選するんだという批判はご容赦くださいませ・笑)。
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「共生」というのは「不可能」である。「私」と「他者」とが「共に生きる」こと、それは「不可能」である。なぜなら、あらゆる社会というのは、何らかの選別と排除を通して作られているからである。
何らかの制度や枠組みを作るということ、しかしそこに境界線を設定するということは、「他者」を排除し、《ワレワレの社会》を作ることである。よって、「他者」との「共生」は、論理的に「不可能」なのである。
しかし、しかしである。「共生」が「不可能」であるとして、はたして「弱者」を放置しておいてよいのか、「負け組」を生み出し続ける今の制度を続けていてよいのか、ということである。言い換えれば、「共生」は「不可能」なのだから、「格差」は当然なのだから、「不平等」があるのはアタリマエなのだから、別に手当てする必要はないじゃないか!!と言ってしまってよいのか、ということである。
どーせ「不可能」なのだから、「共生」なんて目指さなくていい。どーせ仲良くなれないんだから、「アジア」は敵視していい!「弱者」はほっとけばいい。「負け組」になるのは《自己責任》だ!
今の社会は、そういう方向性に進んでいる。
「共生」は「不可能」である。しかし、「不可能」だからと言って、排除と選別を正当化した途端、この社会は、他者を蹴落とす競争と戦争が渦巻く社会に《改革》されてしまう。
「共生」は「不可能」であるが、しかし、「不可避」なのである!!「不可能」だからと「共生」をアキラメルのではなく、来るべき「共生」に向け、その理念を具体化すること。すなわち、“理念を具体化する不断の改革運動を社会民主主義と位置づけます”(社民党の『社会民主党宣言』より抜粋)。だから私、「あおと」は、この理念を掲げる社民党を選んだわけであります。
「不可能」であると知りつつ、「不可能」なままに行動すること、それはまさに「右翼」の行動原理です。だから私、「あおと」は、社民党は「右翼」を名乗るべきであると思う今日この頃です(笑)。
「光のあたらないところ」に光をあてる。しかしそこに光をあてた途端、その外には「光のあたらないところ」が広がっている。声なき声に耳を傾ける、それが「右翼」である。そんなワケで、選挙のちょっと前から以下の本も読んでいました(社民党のくせに右翼の本を読んでいるんじゃない!という批判はご容赦くださいませ・笑)。
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私の選挙期間中に、伊藤長崎市長が殺害された。1990年にも、本島長崎市長が銃撃されている。マスコミは、“言論には言論で”・“言論の自由へのテロ”とみんなでベタに報道しているが、はたしてそれでは、「右翼」には言論の自由はあるのか?言論の場を与えられていない者、この社会でまったく光をあたられていない存在は言論の場を与えられているのか!?、住民に言論の自由を与えないで開発を一方的に進める行政は一体なんなんだ!?などといろいろ考えていた。私は、社民党の一人として、選挙期間中、ずっとこのことを考えていた。
伊藤市長が殺害されるほんの数日前に、私はこの本を読んでいた。少し引用する。
宮崎学:“本島市長の殺害事件は、本島氏の「天皇の戦争責任」発言がきっかけとなって正氣塾の若島氏が本島氏を銃撃したものだと報道されています。しかし、その一方で本島氏の選挙などの際に、正氣塾が本島氏を応援していたとも聞いています。
正氣塾:“私たち正氣塾と本島さんとは、ごくごく親しい関係にありました。本島さんが初めて市長になったときにスキャンダルが出かけたんですが、それを止めたのは、うちの先代だったんです。(略)そんな関係を断ち切ったのが、本島さんです。そうした状況下で、我々はやむにやまれず、行動に及んだわけです。”
「やむにやまれず行動に及ぶ」。たとえば、イラクの「自爆テロ」。あれもやはり、やむにやまれずの行動ではないか。テロに対し“言論には言論で”と正論を述べたところで、イスラムの人にはそういう場はないであろう。そのような正論は、あらゆる意見の「違い」に対して、言論の場があってこそ成り立つものである。
しかし今の社会の流れは、どうなっているか。宮崎学氏の文を引用する。
“このデオドラントな社会は「異端」を極力排除するものであり、意見の違いを認めず、同じ顔、同じ考えを強要する。この最もデオドラントな社会こそ、北朝鮮の姿だ。そして小泉政権、これを引き継いだ安倍政権によって、日本は急速にこれに近づいている。少数の強者と多数の弱者に分別され、多数の弱者は、少数の強者への絶対的な服従者、奉仕者としての存在を強要される。これに異を唱えればいじめられ、排除されるのだ。”
今回、なぜ「あおと」が選挙に出馬したか、それはこの《デオドラントな社会》に「異」を唱えたかったからである。そして負け組としてのワレワレに、言論の場がなかったからである。だからこそ、「やむにやまれず」選挙に出た、とご理解いただけると幸いです。
もちろん当選するつもりで行動していたが、当選「不可能」とも言われていた。しかし、だから何なんだ、というつもりで行動していた。たとえ「不可能」だとしても、やむにやまれず、「共生」社会のために、行動したのである。以上、「敗者」の言い分である。
それはおそらく、今回、杉並区長選に出馬された、「とりう千恵」さんもそうなのではないかと思う。とりうさんは、私以上に当選「不可能」な状況であったと思う。しかしそれでも出馬してくれた。心から感謝を申し上げたい。
▼とりう千恵
http://toriuchie.com/
そして最後に、もう一人。私の同志を紹介させてください。かつてあのダイエーホークスの投手・工藤は、高卒ルーキーの捕手・城嶋のサインを、たとえそれが間違っているとわかっていても、そのサイン通りに投げたという。私も今回の選挙では、それを実践したつもりである。
ピッチャー青砥にとってのキャッチャーは、年下の生意気なクソガキ、社民党の“問題児”、「いなもりとしなお」であった。
http://www.geocities.jp/inamori2009/index.html
この当選「不可能」な選挙で、1729票もいただけたのは、まさにこの「いなもり」のおかげです。これまで数々の問題を起こし、これからも数々の問題を起こすと思いますが、その際は皆さん、鉄拳制裁でもしてやってください。イナモリ君、ありがとう。
ぜひ次回の選挙で当選されることを期待しております。
そして最後に。これまでご支援いただいた皆々様、本当にありがとうございました。心から感謝を申し上げるとともに、皆々様の「幸せ」を心からお祈り申し上げます。
(追伸)
とりあえず私は、シューカツします。求人サイトにすでに3社登録いたしました。これからもワーキングプアとしてがんばります。

