異なる立場の人といかに「対話」をするか、これが日々の私の日課です。本日も「あおと」に対し、有権者の方からダメ出しをいただきました。よく耳にする一般的なダメ出しに関し、紹介したいと思います。
社民党かー。俺は嫌いだ!!反対ばかりしているじゃないか!!もっと自民党みたいに、独自の政策提言を行ったらどうなのか!!?
あおと:たしかにそうかもしれません。ただ、自民党も、一見すると独自の政策提言を行っているようにも見えますが、要はアメリカからの《改革》要求どおりの《改革》を行っているだけではないでしょうか???(得意の作り笑い)
(略)
お前に投票はしないけど、がんばれや。
あおと:ありがとうございます。また来ます。
(心の中では、時間がないので無理かもしれませんとつぶやく)
▼次の有権者さまからのダメ出し。
社民党は、ただの反対政党だから嫌い。
あおと:たしかに社民党はよく、ただの反対政党だ!と言われます。またそういった反対!反対!ばかり言うことに、多くのみんなが嫌気がさしているのも事実かもしれません。ただその結果、ここ数年、本当に、《反対することに反対する風潮》、つまりはすべて《賛成》して《みんな同じ》になろうとする風潮が強まっているような気がしています。
「自分」の「理念」で行動するよりも、《みんなで同じ》になってバンドワゴン!!つまりは《勝ち馬に乗ろう!!》みたいな風潮が気が狂うほど強まっていると思います。
私はあえて言います。《勝ち馬》に乗りたい人は、自民党や民主党を支持すればいいと思います(いや、そんなことはありません。社民党をお願いいたします。)ちらにみ私は「社民党」ですから、勝ち馬でもなんでもありません。ただの「負け馬」です。ただ、ただの「負け馬」ですが、《勝ち馬に乗る》という風潮に同調することだけはしたくない「負け馬」です。
たしかに社民党、反対のための反対ではなく、時には提案も必要だと思いますが、だからと言って、反対することに反対する風潮だけは、まったくもってデンジャラスだと思います。もちろん、《みんなで仲良く》やりたい人にとっては、「反対」の声はウンザリするかもしれません。しかし、その《みんな》とは、本当に「みんな」なのでしょうか?その《みんな》の中に、「異なる」意見を持つ「他者」は含まれているのでしょうか?
このご時世、「ノイズ」に対する「免疫力」が減っている人が、たくさんいる気がいたします。もちろん社会状況が変わり、《自分》の周りは《みんな仲良し》という《共同体》が崩壊し、多くの「他者」と関わらねばならない状況では、一方で逆に、とにかく「他者」と関わらずできるかぎり《自分》と《気が合う人》だけでウチワを固める、そして「他者」を排除することでウチワの《一体感》を強めようとする動きが出てくるのも当然かもしれません。しかしその結果、お互いがお互いを排除しあう、本当に殺伐とした社会になっていくと思います。
そういった動きをなんとしても変えたい!!だから私は「社民党」なのです!!「私」と「他者」とが「違い」を認め合い、真に「みんな仲良し」の社会を作る。それが私の信条なのであります!!
と高らかに宣言し、以上のことを30秒くらいで語ったつもりですが、おそらく伝わっていないなぁと思いショボクレました。仕方がないので格安チョコレートを食べて、無理やりテンションを上げて、アゲアゲで行動を続けようと思った、「春の嵐」を感じる本日なのでありました。
そしてふと、ある和歌を思い出す。
袖ひちて むすびし水の凍れるを 春立つ今日の風やとくらむ by紀貫之
「春の嵐」。花粉症を感じるこの季節だが、「春」というのは、たしかに希望の季節かもしれない。新しい生活が始まる。それが春のスタートである。
しかし、その「春」の訪れは、「嵐」と共にやってくる。決してそれは、穏やかな道のりではない。しかしそれでも、「春の風」が凍った水面を溶かすように、たしかに「春」はやってくる。
♪ア~ラシを、起~こして、、
と思わず工藤静香のこの曲を歌いながら、あの直角ダンスをしたくなったのであります。