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あおとのブログ

Aoto's Weblog

2006.12.27

気になること

“安倍政権発足から3カ月の26日、佐田玄一郎行革担当相の関連政治団体(今年10月解散)の不正経理疑惑が浮上した。”



“新たな疑惑の浮上に、ある政府高官は「何で昔の問題ばかりが出てくるんだろうか。問題に対処した経験のある人が政権内に少ないんでしょう」とぼやいた。”



(YAHOOニュースより)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061226-00000133-mai-pol



アベさんだけでなく、石原都知事も含め

問題が、最近、噴出しています。



やっぱり、その何というか、

“問題”・ネタを漏らして⇒世論を操作して

⇒日本の政治を操っていこうとする

アメリカの意向が働いているのでしょうか???



アメリカの中間選挙で

民主党が勝利したことの影響なのでしょうか???







投稿者:aoto 00:29 | コメント (0)

2006.12.25

貧しい国には大富豪が君臨している


世界を見回しても平等な国は豊かな国である。
ところが、貧しい国には大富豪が君臨している。


“《小さな政府》を超え、「ほどよい政府」を。”

“日本はグローバルスタンダード(=アメリカ)だと思って、
《小さな政府》を追求しているが、とんでもない勘違いだ。
今、どこの国も格差問題を抱え込み、
このままでは社会がバラバラになってしまう。”

先週の『社会新報』、さらには森田実氏のホームページにて、
「良い社会をつくる公共サービスを考える研究会」報告書が紹介されている。

森田実の時代を斬る:
http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/C03045.HTML

社会新報:
http://www5.sdp.or.jp/central/shinpou/newsfiles/shimpo.html

※ちなみに森田先生は、小泉政権を批判していたため、まったくテレビに出れなくなってしまいました。

“公共サービスの拡充を基礎に安心で有効な政府を確立することこそが、
地域社会を蘇らせ、知識社会の経済を安定した軌道に乗せていく唯一の道である”
by宮本太郎氏(北海道大学公共政策大学院教授)

“これほどまでに豊かさがあふれた社会でありながら、
これほどまでに悲惨な生活があふれている社会があっただろうか。
これほどまでに平和な時代だと吹聴されながら、
これほどまでに暴力が横溢している時代があっただろうか。”

▼『生活経済政策研究所』
http://www.seikatsuken.or.jp/
http://www.seikatsuken.or.jp/pdf/houkoku20061208.pdf

時代はまさに、“逆説的”である。
《美しい国》を主張する人が、とても《汚い》ことをやり、
《愛国心》を主張する人が、《アメリカ追従政策》を進めている。

ふと、中原中也の詩を思い出す。

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪のふりかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

「汚れ」ちまった「悲しみ」に、、、
このあまりにも「美しい」詩を読むと、
あまりにも《美しい国》の《陳腐》さに
思わず辟易してしまう。

クリスマスの夜には、
毎年、中原中也の詩が頭に浮かぶ。
今日はクリスマスなので、毎年恒例、
一人でテレビを観るのである。

それにしてもテレビには、芸能人ではなく、
“素人さん”ばかりが登場する。
そして、“素人さん”がプライベートを赤裸々に告白している。

消費者は、視聴者は、芸能人のプロの芸よりも、
素人の“リアル”を求めている。

思わず、私は、
どーせその素人さんも、テレビ局のシナリオ通りの《やらせ》だよ
とミモフタモナイことを言いたくなる。

そしてネット上のブログには、
私も含め、素人さんの赤裸々な告白が蔓延している。
かつて日記は、公表するものではなかったが、
今や、誰かに見られるための日記(ブログ)をみんな書いている。

何が本当なのかわからない時代、
人々は、《本当のもの》を求めている。

しかし、その《本当のもの》《リアルなもの》、
それは虚構によって汚染されている。
それを忘却してしまっては、
《本当》を称する者に騙されてしまう。

「本当の私」なるものも、「汚れて」しまっている。
その「悲しみ」を、中原中也は、
あまりにも「美しく」歌っている。

投稿者:aoto 22:24 | コメント (4)

2006.12.16

「動物」

《改正》教育基本法が可決された。可決されるや否や、マスコミからは批判的な報道がなされていた。どーせ批判するなら、《改正》する前からジャンジャンやってほしかった。


それにしても《人間》とは、心底《醜い》ものである
と実感した。

gonta.jpg


私と小・中・高・代ゼミ・大を共にした、パグ犬のゴンタです。
今はお星様となりました。


matsuko.jpg


大学を中退し、“解体”工をやっている知人が、
工事現場で拾ってきた子猫です。
今は、彼の家に住んでます。
名前がないとのことだったので、
映画『嫌われ松子』を参考に、
松子と名づけました。

投稿者:aoto 21:34 | コメント (2) | トラックバック (1)

2006.12.15

近藤マッチ

かつて、元ジャニーズジュニア、現じゃニーズシニアの近藤マッチは、“♪ケ・ジ・メー。ケジメのないアナ~タ~”と歌い、“♪天使のような~悪魔の笑顔”というきわめてパラドキシカルな歌も歌った。


タウンミーティングにおける《やらせ》の議員給与自主返納、
なんじゃそりゃ?と言いたくなるような《けじめ》。
そして、
表面的な爽やかな映像とは裏腹に、
天使のような悪魔の笑顔を浮かべるアベ総理。

ワイドショーは毎日毎日、奥様アッキーのファッションばかり。

言っておくが、アッキーと言えば、
社民党にだっているのである。
新潟市議会議員のあっきーである!!
http://www.h5.dion.ne.jp/~akiko.y/

そして遂に、教育基本法が《改正》されようとしている。
気が狂うほど腹が立つ。

「現行」の教育基本法は、以前も当ブログで取り上げましたが、
以下の通り。


われらは、さきに、


日本国憲法を確定し、


民主的で文化的な


国家を建設して、


世界の平和と


人類の福祉に


貢献しようとする


決意を示した。


この理想の実現は、


根本において


教育の力に


まつべきものである。



憲法に書かれている「理想」を、
「教育」の力で実現していく。
日本国は、そう「理想」を掲げたのだ。

しかし、いまだかつて、
この「理想」が実現したことがあるであろうか。

国家がこの憲法の「理想」を実現しようと、
行動したことがあるであろうか。

国民に憲法を守る義務はない。

憲法とは、国家が守るべきものである。
国家の横暴を“縛る”もの、
権力に歯止めをかけるもの、
それが憲法である。

しかし、その国家が、その権力が、
この憲法を守るよう行動したことが
いまだかつてあるであろうか。

憲法の「理想」を実現するまでもなく、
《改正》するとは、まさに何をかいわんやである。

そして憲法の「理想」。
それは永遠に達成されることはない。
なぜならそれは、「理想」だからである。

「理想」が達成されたと思っても、
その先にまた「地平線」が広がっていくかのように、
その「理想」は、「たえず」その先にある。

「理想」を、「不断」に、「追いかけていく」こと、
それが大事なのである。

そして憲法は、いつも「待って」いるのである。

そして憲法は、この「理想」が、いつか実現してくれるよう、
たえず「教育」の力に「期待」しているのである。

教育基本法。
“この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである”

なぜ、この“まつ”が“ひらがな”なのか。

先日、党本部で開かれた『市民の絆大集会』において、
小森陽一氏がこんなことを言っていた。

なぜ、この“まつ”が“ひらがな”なのか。

それは、この“まつ”には、
「待つ」「俟つ」という二つの意味がこめられているからである。

他者の到来を「歓待」し、迎え入れる「待つ」
そして、いつか実現してくれるだろうという「期待」をこめた「俟つ」

教育基本法の《改正》。
それは明らかに、「憲法」に対する裏切りである。

それが意味するところ、
それは国家が守るべき「憲法」というものを《改正》し、
権力が国民に対し《愛国心》を命令するという、
まさに権力の横暴である。

今こそ、ワレワレは、
「憲法」を守れ!と国家に対し主張すべき時なのである。

今、言わなくては、もはや何も言うことすらできなくなる。
《愛国心》以外の「自由」な思想、表現の「自由」すら奪われる。
それが《共謀罪》なのだから。

投稿者:aoto 00:42 | コメント (1)

2006.12.13

「自立」を拒む《自立》支援

知り合いにご紹介いただいた記事を、コピペいたします。

▼中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20061206/mng_____sya_____011.shtml

 “「生活が苦しい」「娘の将来が不安」。車内に残された遺書には、絶望の言葉が並んでいた。自宅からは、消費者金融の督促状が見つかった。”

“4月に施行された障害者自立支援法が、じわりと父親を追い込む。”

“ヘルパー利用は、本人負担がこれまでの月1000円程度から約6000円に増加。今年8月に受けた短期入所費も、1000円程度だったのが2万円に膨れあがった。「出費が痛い」。役場の職員にこぼしていた。”

“週末明けの月曜日。3人の遺体は、車の中で折り重なって見つかった。”

なんでもかんでも《改革》《改革》byホリエモンのTシャツ
そして《民営化》、
そして《自己責任》という名の下に、
「支援」「支え」を切り捨てる。

《改革》・《民営化》・《自己責任》というキャッチコピーに、
騙されてはいけないと思う。

マスコミが垂れ流す情報は、
ホントウに《マスゴミ》である。

もちろんネット上の情報も、
ほとんどは「ゴミ」である。

しかし、「ゴミ」であるがゆえに、
時として、マスコミが取り上げもしないそんな「ゴミ」情報に、
「事実」が「現れ」ていたりもする。

昨日、私が書いたブログの内容に関することを、
詳細に、あの『きっこのブログ』が取り上げていた。

『きっこのブログ』を取り上げていいのかわからないところであるが、
「とりあえず」、こんな情報もありますよ
ということで紹介してみることにする。

▼『経団連は売国連』
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2006/12/post_8a0e.html

“何でこんなに消費税の大増税を連呼するんだろう? だって、消費税を上げたら、消費者はゼイタク品を買わなくなるから、奥田碩のトヨタにしたって、御手洗冨士夫のキャノンにしたって、売り上げが下がっちゃうんじゃないの? ”

“実は、消費税が上がれば上がるだけ、コイツラがガッポガッポと儲かっちゃうシステムになってる。それが、大企業に甘い汁を吸わせるために作られた「輸出戻し税」なのだ!”

“「輸出戻し税」って言う呆れ返るシステムによって、奥田碩のトヨタも、御手洗冨士夫のキャノンも、たったの1円も消費税を払わなくて済んでるどころか、何百億円ものキックバックを受け取り続けてて、ウハウハ状態が続いてる。”

“すごく分かりやすく言うと、今、あたしたちが1000円のものを買うと、50円の消費税がかかってるけど、この50円は、すべて国に納められてるんじゃなくて、このうちの20%にあたる10円は、大企業に返還されてるってワケだ。”

これがいわゆる《景気回復》の実態である。
《景気回復》しているのは、ごく限られた一部の《勝ち組》のみである。

その一方で、《自立》・《自己責任》を強いられ、
多くの人たちが、もはや人たるに値する生活、
憲法25条の定める生存権、
健康で文化的な最低限度の生活すらできずに、
「ゴミ」として「汚物」として、
この社会から排除されているのだ。

タウンミーティングの《やらせ》を見れば明らかなように、
あの手この手を使って、国民を洗脳し、
権力にとって都合のいい情報ばかりが流されてくる。

一部の情報だけを聞いて、
すべて《わかった》と思い込まないようにしなければならない。
と思います。

投稿者:aoto 00:56 | コメント (5667)

2006.12.12

《希望の国、日本》と《美しい国》

経団連「御手洗ビジョン」原案
消費増税や憲法改正盛る

http://www.asahi.com/business/update/1211/077.html

ということで、《経団連》の御手洗会長が、
《希望の国、日本》構想を発表いたしました。

おかげで私は、絶望的な気分になりました。

投稿者:aoto 00:29 | コメント (0)

2006.12.09

改革、再生よりも、「徹底」。

この《現実》を何とかしたい。そう感じているのであれば、それは《改革》・《再生》よりも「徹底」であると、私は考えています。


憲法《改正》よりも、憲法理念の「徹底」。

教育基本法《改正》よりも、教育基本法の「徹底」。



ところで、労働基準法の《改正》も叫ばれています。



(参考)東京新聞

http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061206/mng_____tokuho__000.shtml


上記の東京新聞の記事を引用します。



“「導入されれば、八時間以上働かなくて済むのでは。労働時間は会社が調整してくれるだろう」(IT企業の三十三歳男性)という声もあった。”



八時間以上の労働という過酷な労働。この《現実》が何とかなるのであれば、法律を《改正》するのに賛成という意見です。


しかし、この《現実》を変えるには、法律を《改正》するまでもありません。

むしろ労働基準法を「徹底」しろ!と要求すること、それが《現実》を変えることにつながると思います。



投稿者:aoto 03:14 | コメント (77)

2006.12.07

マルチチュード
~ボロは着てても心は錦~

あおとさん、どうしても今日、高円寺に来てください。

今日、俺のバンド、3周年記念ライブなんですよ。



ということなので、ライブハウスに急遽向かった。

そしたら急遽、ドラムをやらされるハメになった。

バンドとは言うものの、彼は、ボーカル兼ギターを一人でやっている。

普段は警備員である。イマドキのバイトによくありがちの、警備員である。


演奏はともかく、彼はガンバッている。

歌はともかく、彼はガンバッている。

毎日いろいろモガキながら、本当にガンバっている。


それでも彼のような「フリーター」に浴びせられる罵倒は、

「だらしがない」の一点張り。


ちなみに彼は、週5日・8時間以上(残業代も払われず)、

まっとうに働いている。


こうした状況、

すなわち「だらしがない遊ぶ若者」に対する《道徳的反動・反感》の構造を、

渋谷望はその著書、

『魂の労働-ネオリベラリズムの権力論』(青土社)にて、

以下のように述べている。


アイツラは「悪」だ。

ゆえに《私》は《善》だ。

ニーチェの言う《道徳上の反感・反動》がここで起動する。




本当は《自分》も「遊び」たいし、

「怠けて」いたいのに、《自分》にはそれをする勇気がない。

《社会》から「アブノーマル」という非難を浴びせられたくない。

そんな《強がり》な《弱者》の逃げ道、

それが「遊び」に対する《道徳的な非難》なのである。


そしてさらに、「遊び」を否定し、

《社会貢献》の名の下に《遊ばせない》ことで、

《資本家》はまさに「遊び」を

《自分》の《市場》として《搾取》することができるのである。


《サービス産業》、それはつまり《遊び》である。

それこそゲーム業界に始まり、飲食業界、

エンターテイメント業界、キャバクラ業界、風俗業界、

デザイン重視のモノ(ブランド)、

そしてディズニーランド…、つまるところすべて《遊び》である。

「遊び」を敵視しつつ、

《自分》の《遊び》には無批判となっているのだ。


渋谷は言う。

“真に魅力的でやりがいのある労働であれば、

そもそも外部からのどんな社会的正当化も不要である。”


「品位」をかいているのは、

“むしろ《奴隷の子孫から金を借りておいて

それを逆に貸し付けようとする銀行》であり、

《自分たちのためだけの

会員制クラブで遊ぶアメリカ人》なのであり、

その究極のものが《植民地化》であり、《奴隷化》であった”と。


「フリーター」、「働かないもの」たとえば「ニート」、

そんな「怠け者」に対するメディアからの非難は、

《勤労意欲》や《労働倫理》を欠いた「無気力」な「怠け者」というレッテルである。


しかし渋谷は言う。

“この表象は、《勤勉》が《賃労働への従事》を意味しているときにだけ成立する”と。

“じっさい、進取の精神も労働倫理もこれら多くの若者には欠けていない。

従来の《勤労》の指す枠組みをはずすと、彼・女ら「若者」の活動は創意工夫に富んでいる”と。


そんなわけで、今日ご一緒したバンドも紹介いたします。


・『日々』

http://hibi.yh.land.to/

ナウでヤングでイケイケなとてもいい子たちです。




・『リリィジャラン』

http://free.from.jp/lilyjalan/

ナウでヤングでアゲアゲなとてもいい子たちです。

イケテルCDジャケッツ。


cd.jpg




それではいよいよ聞いてください。

メン☆プラwithあおと功英


コワモテの彼の歌詞をじっくり聞いてください。

思わず聞いてるほうが恥ずかしくなる演奏です。

でも、聞いてください。

彼は真剣に、「平和」を歌っています。


ちなみに、私、あおと功英、

思わず放送禁止用語的を発言しておりますが、

何卒お許しください。













彼の名は、とよっち

ボロは着てても、心は錦。

顔は怖くても、とてもやさしい。


私、あおと功英、

「杉並文化」を応援しております。

某・自民党のシンガーソングライター

山本一太氏のようにならぬよう気をつけます。

投稿者:aoto 03:42 | コメント (1432)

2006.12.05

世界の中心では愛をさけべません。
なぜなら「世界」に中心はないからです。

オラオラオラ。チェです。ゲバラです。
セニョール、セニョリータ、シモネーター
なんだか中南米では反米政権が成立しているバッファローマン。

エクアドルのコレア大統領、そしてそしてベネズエラのチャペス大統領
なんだか中南米は、すっかり反米ムード一色になっているコモエスタ赤坂。

そしてもちろん、ヨーロッパはドルではなくてユーロ。
中国やロシアもドルからユーロへ。
原油国もユーロへ。

ニッポンが《親米愛国》という“ねじれた右翼”をやっている間に、
気づけば基軸通貨ドルに依存しているのは
《アメリカ帝国極東支部のニッポン》だけみたいな状況になりつつあるらしい。

アメリカの赤字を、必死にニッポンが支払ってあげる。
アメリカから提示される、
〝年次《改革》要望書”の通りに《改革》を行ってきたニッポン。

たとえニッポンに《格差》や《不平等》や《虚無感》が漂っていたとしても、
たとえイラクで何人もの人が死のうとも、
とにかく《アメリカ帝国》の中で、
ニッポンは必死に基軸通貨ドルが崩壊しないようアメリカを支えてきた。
もちろんイラク戦争の戦費も、アメリカ国債を買ってあげることで支払ってあげた。

しかしながら、世界はアメリカから離れようとしている。
一方で、ニッポンは、アメリカを必死に支えている。
いや、もちろん、アメリカも、ニッポンのマネーに支えてもらっている。

ベタな《反・中国》は、アメリカの思う壺ではなかろうか。
アメリカとしては、「東アジア共同体」なるものの成立は、断固阻止したいだろう。
なぜなら、アメリカの赤字を支えてくれる国がなくなるからである。
《帝国》の経済が崩壊するからである。
そうなってしまっては、アメリカはヘソで茶を69万回沸かすくらいに困る。
だからこそ、様々な《東アジアの脅威》を、
広告《代理》店を使ってプロパガンダしている。
アジアが仲良くなられては困るからである。

世界の流れは、ドルからユーロへ。しかし、ニッポンはドル依存のまま。

アメリカは、ニッポンを必要としている!!

アメリカは、ニッポンを必要としている!!

ということは、 ニッポンが、まさにアメリカを、
操れる時が来たのではなかろうか。

アメリカからの理不尽な《改革》要求。
これにNo!と言えるためのカード、
それがまさに「日本国憲法」ではなかろうか。

かつてNo!と言えるニッポンとか言っていた都知事が、
アメリカにNo!と言っている姿を見たことは一度もございません。
ひたずら、アジアに対しNo!と言っているだけである。

プチ右翼の方々が、《押し付け憲法》とか言っておりますが、
だったら、せっかくアメリカさまが「押し付けてくれた憲法」です。
アメリカさまの「押し付けてくれた憲法」で、
まさにそのアメリカに抵抗できるチャンスが今、
来ているのではないでしょうか。アメリカが「押し付けた憲法」です。
アメリカさまも、それはしっかりわかってらっしゃると思います。

アメリカの《改革》要求の通りに今、
憲法を《改正》しようという動きができている。
いつまでアメリカの手下をやっているのでしょうか。
アジアにばかり《強がって》いないで、
ぼちぼちアメリカに真の「強さ」を見せていただきたいものです。

「日本」の「伝統」。それは決して《強がる》ことではござません。

《弱い犬》ほどよく吠える。

昨今の、プチナショナリズムを見ていると、本当にそう感じます。

実るほど コウベを垂れる 稲穂かな

実れば実るほど、調子にのって、強がるのではなく、
実れば実るほど、謙虚に、やさしくなっていく。
真の「勝ち組」とは、「敗者」に対する「やさしい」まなざしを持つ方ではないでしょうか。

《自分》だけが六本木ヒルズみたいな所で夜な夜なパーテーやって、
芸能人とかモデルみたいなのと遊びまくって
学費を払えないがゆえにキャバクラで働いている女性にサービスうけまくって、
そんなんでよいのでしょうか。

実るほど コウベを垂れる 稲穂かな

「平和」な農耕文化こそが、「日本」だと思います。
《親米右翼》ではなく、
この「日本」という国を本当によくしたいと思う真の「右翼」の皆さん、
私は「社民党」のあおとですアディオス。 Embarassed Laughing Kiss

投稿者:aoto 03:11 | コメント (387)

2006.12.04

浮遊するシニフィアン

《小さな政府》は《大きな負担》

ということで、その《大きな負担》、たとえば増税。その理由として、下記のような言葉をマスコミが垂れ流す“情報”を通してよく耳にします。
《財政赤字》・《景気回復》、そして《少子高齢化》。それでは、この《現実》を、すべて疑うことから始めてみたいと思います。

■《財政が悪化している》、だから財政を《健全》化しなければならない!

■《景気が回復》してきたから、そろそろ《増税》の時期ではないか

ということで、たとえば郵政《民営化》のように、とにかく《民営化》しなければならない!といった“情報”を信じこまされていた方には、こんな本をオススメいたします。






増税が日本を破壊する
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菊池 英博



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本書の“はじめに”より引用いたします

“私は毎年、ニューヨークやワシントンの会議に出席し、多くの要人に会い、アメリカ経済や日本経済について意見交換をしている。彼らには、日本が財政危機だという認識はまったくない。

…日本国民は騙されている

政府発表の統計や説明にも、一面だけを強調して全体像を示さずに、国民を増税に追い込もうとする意図がみられるようである。

…現在、日本の政府や政府寄りの識者(学者や通称エコノミスト)は「財政赤字からの脱却には緊縮財政と増税しかない」といった、極めて幼稚な対策しか思いつかない。



そういえば、マスコミに登場するのは、最近、本当に、政府寄りの識者ばかりになってしまいました。たとえば、政府批判をしていた植草一秀教授は、思いっきり消されました(?)。“痴漢”ということらしいですが、これもやはり疑ってかかってもよいのではないでしょうか?????



社民党の保坂さんがタウンミーティングの《やらせ》を追求していますが、この《やらせ》をプロデュースしていたのは某・広告《代理》店です。一体、何を、《代理》しているのでしょうか?



そういえば、あの《郵政民営化》のときも、某・広告《代理》店を使ってキャンペーンを展開したのは、今となっては有名な話です。



国民をバカにするのもいい加減にしてください、と言いたいところですが、広告制作の基本は、“情報の受け手をバカだと思え”と聞いたことがあります。「わからない」ことよりも、《わかりやすさ》が求められます。 残念ながら。



※脱線ですが、《わかりやすさ》が求められる時代ですが、こんな意見にも、たまには耳を傾けるのはいかがでしょうか。



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《わかりやすさ》とは、《わかる》とは、「わからないもの」を排除することでもあります。それは「わからないもの」・「わかりあえないもの」、つまり「他者」を排除することでもあります。そうは言っても、この社会を成り立たせるには、「わかりあう」ことも必要です。「わかりあう」ためには、「論理・理性」を使う必要があります。ただ、この「論理」とは、まさに「分ける」ことです。「分ける」からこそ「わかり」ます。

しかし、その「わかった」瞬間に、「わからないもの」がこぼれ落ちていきます。だからこそ、たえず、「わかる」と同時に、「わからないもの」への感受性が必要なのではないでしょうか。たとえば“若者はだらしがない”といったレッテルを貼って、《わかった気取り》になることだけは十分にさけてほしいと思います。

わかればわかるほど、分ければ分けるほど、「わからないもの」もでてきます。そういえばソクラテスは、「世界はわからない、ということがわかった」みたいなことを言いました。これぞ「無知の知」です。



社会を改良することに終わりはありません。《社会》の「外」には、《みんな》の「外」には、たえず「わからないもの」=「他者」がいるということを忘れてはいけないと思います。



■《少子高齢化だ!》。介護保険料を上げると同時に、介護の民間委託も必要だ!みたいな



とにかく広告《代理》店に支配されているマスコミの“情報”は、すべて疑ってみたいと思います。






子どもが減って何が悪いか!
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とにかく断片的な《情報》だけで、なんだか《わかった》つもりになることだけは断固しないよう、私は心がけようと思っています。



そしてこの《格差社会》。同時に、《情報格差》も進んでいます。その《情報》を操作するのが《スピンドクター》と言われている人たちです。あらゆる《代理=広告》を使い情報を作っていきます。



そもそも広告とは、基本的にはモノを宣伝するものでした。しかし今や、その広告こそが権力と化しています。モノから切り離され、《広告・宣伝・プロモーション》の良し悪しで、あらゆる決定がなされるようになっています。たとえば、政策の中身そのものを検証するより、《うまくプロモーション》したほうが選挙で勝つみたいな時代です。

さらには、株などの金融商品。金融商品というのは、まさにモノではなく《虚構》が売り買いされているようなものです。モノとの「交換」という機能を果たした「貨幣」が、今やモノ自体と切り離され、完全に《マネー》だけがあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、儲けの対象となっている時代です。



まさに《representation》が暴力と化しているです。

《re-presentation》:代理、表現、そして代表制という意味もあります。



代表制、まさに政治は、国民の、代表です。

しかし今や、その代表である政治家が、完全に国民と切り離され、「代理」としての機能をはたしていないのではないでしょうか。《代表》である政治家が、まさに《代表》《代理》なる権力と化しています。



これでは政治に無関心な人が出てくるのは当然です。政治に期待したって何も変わらない。どーせ変わらないんだったら、期待なんかしないほうがいい。期待して裏切られ、傷つくくらいなら、はじめから何も期待しない。信頼しない。まったく当然のことだと思います。

しかし、まさにそのおかげで、《代理》なる権力=政治家(屋)は、国民から切り離され、国民がシカトしてくれるおかげで、《自分》たちにだけ利益があるようなことをヤリタイ放題、決めています。身震いするほど、腹がたちます



だからこそ、あおと功英、断固たる決意でもって、

期待に応えられる「政治」を行っていきたいと思います。



投稿者:aoto 01:01 | コメント (1)

2006.12.01

THE虎舞竜

12月の夜。ひんやりとした風が通り過ぎ、夜の空にはオリオン座が輝く。思わず俺は、ロマンチックな気分に浸るのであった。



今年ももう終りか。街は早くもクリスマスムードである。腕を組んだアベックが、何やら楽しげに歩いている。YOUたち、アベックホームランだぜ、と声をかけてやりくなった。どーせなら、ペアルックにしちゃいなよ、そんなアドバイスもしたくなった。俺ってけっこうオチャメなのかもしれない。


クリスマスには聖なる夜。クリスチャンでもないのに、キリストにお祈りだ。

大晦日には、除夜の鐘。仏教を信仰してるわけでもないのに、108つの鐘を聞く。

そして正月。神社に行って、お願いごとをしまくりだ。



そんな「日本」。決して嫌いじゃない。

「八百万の神」。

《唯一絶対神》と言えば、世界経済共同体党の又吉イエス氏であるが、それはさておき、やはり「多神教」の「多様性」はいいと思う。


しかし残念なことに、クリスマスイブ(24日)も、クリスマスイブイブ(23日)も、大して私には関係のないイベントである。一人で孤独に、部屋で105円のプリンをコンビ二で買ってきて食べるというスケジューリングである。


クリスマスもクリスマスイブの華やかさも、俺にはまったく無縁なのさ。ちょっと気取って言ってみるオチャメな俺。だがしかし、クリスマスイブイブ(23日)だけは、そうも言ってられない。なぜなら、天皇誕生日だからである。



12月23日、天皇誕生日。

そして、

12月23日、東条英機ら“A級戦犯”絞首刑。

戦後日本のカタチを象徴するような日である。



何はともあれ、東京裁判を受け入れることで、国際社会の一員となり、戦後の繁栄があった。それを“ぶっ潰した”のがコイズミさん。

東京裁判はデタラメだ、つまりは《虚構》だ、というのは簡単だ。しかし、その《虚構》のおかげで、“A級戦犯”に指定されたのにもかかわらず岸首相が誕生したし、それがなければアベ首相も誕生しなかったであろう。


そんなことを考えながら、俺はワイングラス片手に思索に耽るのであった。



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街はクリスマスムード。♪何でもないようなことが幸せだったと思う、と歌ったのはTHE虎舞竜であるが、「平和」という何よりも大切なことが、失われていくような気がしてならない。

《平和ボケ》した強がりな連中が、さかんに戦争できる国づくりをしようとしているが、クリスマスイブにサンタクロースではなく、爆弾が降ってくることを想像してみたらいいと思う。


何でもないような小さな幸せをかみしめるため、俺はマイルームのシャンデリアの豆電球を、淡い赤色に変えてみることにした。


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今夜はちょこっとハッピーナイツである。

カラフルなシャンデリアを見ていたら、思わずシャンゼリゼ通りで、
♪オー、シャンゼリゼ~と歌っているような気分になったのであった。

ロード 最終章

投稿者:aoto 05:08 | コメント (2)